2010年3月14日 (日)

反日朝鮮人と電磁波犯罪と沖縄ビジョン

以下はホームページ「創価学会の集団ストーカー」からコピペです。http://daily2.sakura.ne.jp/

電磁波犯罪と反日朝鮮人
集団ストーカー被害者たちが 日常 自分の被害をそのままありのままに訴えると 統合失調症扱いにされてしまうといった前代未聞の悪質狡猾な手口が長年放置されています

私は沖縄なので本土の戦後の様子は勉強不足で知りませんでしたが 最近になって日本社会の病める部分の大半は反日朝鮮人が深く関わってきていることを知りました 日本の過去の戦争や韓国併合政策に対する恨み辛みを 戦争を知らない世代(私もそうだが)の日本人に晴らそうとするのは間違っています 

一民間人に罪はないはないのです 戦後 朝鮮進駐軍を結成し 駅前の一等地を不法占拠 奪略 暴行 レイプ 強盗 殺人をしまくった朝鮮人は 人間として許されないことです それに対して 彼らは次のような言い訳をするようです 

当時の日本政府は韓国併合時に暴政を執ったとか 朝鮮人を性奴隷にしたとか 強制連行したなど だからその仕返しということでしょうか 自分の親が隣の親父に金を騙し取られたから 今度はその子供を拉致して虐待しても許されるといった理屈と似ています

「朝鮮人は帰れー」などと デモなどで叫んでいる人たちを見かけることがあります(日護会デモではなかったような・・)  長年堪えてきた激しい怒りを一挙に吐き出すかのようである なぜ?それほどまでに朝鮮人を目の仇にするのか 当初は疑問だったのです

私は沖縄から東京へ移り住んでまだ10年ほどであり 本土の実情を把握できずにいたのです ところが集団ストーカーや電磁波犯罪のターゲットにされていることを確信してから 徐々に周囲が見えてきました 

日本人に対する朝鮮人の逆襲というか 怨念というか 復習というか そのような憎悪から派生する 嫌がらせや犯罪多発に 日本人が長年 苦しめられてきた現実が見えてきました


戦後65年余 反日朝鮮人らの どす黒い怨念と弱者利権の悪用により 彼らは様々な特権を手にいれ 在日社会を作り出し日本に根を張ってきました その一方で純日本人は 性格もよく優秀なのが隅に追いやられて小さく生きているのです 

沖縄ビジョン構想も 親中派の創価や反日朝鮮人の陰謀なのだと沖縄の被害者は危機感を持って話してくれました  今 沖縄の人たちは本音が言えない立場に立たされています 

従軍慰安婦と強制連行の被害者を装う反日朝鮮人と 沖縄戦で日本の盾になって犠牲を強いられ日本軍は沖縄県民を守らなかったという一方的な戦争犠牲論を説き 被害者意識を共有すべく 沖縄県民を洗脳をしてきたからです

戦争反対 基地反対 平和 自然保護など おいしいキャッチフレーズを巧妙に利権に結びつけている反日朝鮮人の暴挙に早く気づいて欲しいと思います





沖縄の男性自殺率全国一の謎
日本人の朝鮮人に対する嫌悪感は 沖縄の人間には想像もつかないものでしたが しかし 先日7年ぶりに郷里の沖縄に帰って始めて知った実情は 沖縄にも沖縄人に成りすました朝鮮人がたくさんいるといったものです

沖縄の反日朝鮮人たちが 朝鮮総連沖縄本部を後ろ盾に 集団ストーカーや電磁波犯罪をしているのだと・・そして保守系の実力者を抹殺しているということでした 沖縄県民にも本土と同様 朝鮮人に対する嫌悪感を抱く人たちがいたのです

沖縄の集団ストーカー被害者たちの話によると 沖縄で起きている残虐な事件は そのほとんどが朝鮮人の犯行であるとのこと そして 国旗国歌に反対し卒業式で大暴れする中高校生も 実は首謀格は朝鮮人の血を引く者たちと言うことでした 沖縄のイメージを落とすための反日メディアの策謀もあるとのことです

これでようやく納得です 沖縄の人たちは正直で人懐っこく お人好しで友好的です そんなことが出来るはずがありません 全ての謎が解けました 日本本土と同様 沖縄でも保守系思想や祖先を敬い天皇崇拝の家系の人間が 反日朝鮮人のターゲットになっていると察することができました

沖縄ビジョン構想が打ち立てられ 沖縄への大量移住計画が実施されてから 沖縄の男性(33歳~40代半ば)の長寿が1位から26位に急降下しています 女性は以前として1位ですが その原因は生活習慣や運動不足などと言う人がいるようだが これは明らかに集団ストーカーと電磁波犯罪で計画的に抹殺されたのだと思います 

反日朝鮮人たちの目的遂行のため 沖縄の保守系の実力者たちが無自覚に電磁波被害を受け続け 自殺誘導されたり 心筋梗塞や心不全などの突然死 遠隔操作による事故死などで消されているのだと言っていました

集団ストーカー犯罪の実態
集団ストーカーや電磁波犯罪を解決するには「戦うしかない」と決意し 本格的にHPやブログを立ち上げ 政治的活動にも徐々に参加するようになった私ですが・・・同時に 私自身がほぼ30年も前から集団ストーカー被害者だったことを知り この問題の奥の深さを感じるようになりました

この犯罪が創価学会の犯罪だと確信したのは2007年の末ごろ 創価学会の池田大作が朝鮮帰化人だったことも後に知りました また創価学会幹部や公明党議員も そのほとんどが朝鮮帰化人だと聞かされ 「なるほどね」と納得した次第です

ところで 集団ストーカーや電磁波攻撃には 休止期間があるようで 上京後 沖縄にいた頃の原因不明の体の不調は すっかり消え きつい仕事が出来るようになっていました ところが 一方では職場での執拗ないじめ 不審な人物たちの言動に悩まされ 「東京の人間は腐っている」とばかり・・・ 

そのため短い期間で3度も引越しを余儀なくされました
 上京してニ度めの引越し先でのことです 隣人(創価)とのちょっとした感情の行き違いが生じました(生ゴミは夜中に出さないでと要望)をしてから隣人は急に私と挨拶を交わさなくなりました 

そして突然 集団ストーカーや電磁波攻撃が再開されたのです (もちろん その時点では30年前の被害とは結びつかなかったので 被害の再開という認識はなかったのだが)

「あれ!変だ おかしい・・」と思ったとき もう既に集団ストーカーという奇怪な別世界が展開されていたのです 普段人通りの極端に少ないひっそりとした住宅前道路が ある日から 祭りのように人や車が行き交うようになったのです

人通りには波があり 私が家の前に立っていたり 外出したり ゴミ出しに出たり した時に限って バア~と大勢の人間や車が行き交うといったものです まるで映画撮影のエキストラたちの動きのようです

自転車に乗ったおじさんや若いママ 私に携帯を向けて撮影する若い男女 お年より夫婦 中高校生らしい男女など不特定多数の人たちが ただ タダ 私の前をひたすら通り過ぎるのです

表情は様々です 私の顔をニヤニヤ見ながら通り過ぎる人 横目で恐る恐る見ながら過ぎ去る人 携帯を堂々と向けて撮影する人 終始うつむいて通り過ぎる人 犬を連れて過ぎ去る人 口を大きく開けて通り過ぎる人 ゴホンと咳をして通り過ぎる人 など等・・

一方 小さい路地から出たり入ったりを繰り返す車両の多さも突然起こりました 普段は一日に数台通るか通らないかのひっそりした生活道で いきなり車の激しい往来が展開されるのです (もちろん私が道に立っている間だけ)

集団ストーカー犯罪は 被害者と加害者だけが知る巧妙な心理操作であり 決して第三者には気づかれないものなのです よって第三者に話しても「あなた おかしいよ」と被害妄想扱いを受けることになる 実に酷いものです  今 日護会の黒田さんを初めとする幹部の方々のお陰で 集団ストーカーや電磁波犯罪が白日の下に晒されようとしています


集団ストーカーの恐るべき破壊効果

沖縄は朝鮮人が半占領中 ↓http://plaza.rakuten.co.jp/oo00wa00oo/diary/200905150000/

2010年3月10日~

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2009年7月21日 (火)

【矢野氏から話を聞く会】(1)(2)(3)

以下は産経ニュースより抜粋です。

Photo

H20.6.13に引き続きH21.7.1に国会内で矢野絢也さんより話を聞く会」を開いた。

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【矢野氏から話を聞く会】(1)「土下座せいと言われた」

2009.7.2 00:15

このニュースのトピックス自民党

 民主、国民新、社民、新党日本など野党の有志議員は1日、国会内で「矢野絢也さんより話を聞く会」を開いた。矢野元公明党委員長は講演に続き、出席者との質疑を行った。

 主なやりとりは以下の通り。

菅直人代表代行

 「昨年の6月13日に、この1回目というか、矢野絢也先生においでいただいた。大変、ある意味ショッキングなというか、まさに矢野先生ご自身が直接いろいろ体験したことをお話しいただいた。そして、それから約1年がたち、その間に大変大きな出来事があった」

 「つまりは矢野さんをめぐる裁判において、一審では公明党学会側が100%勝訴していたのが、東京高裁で逆に矢野さんの側の100%の勝訴。しかも私も判決文を取り寄せてみると勝訴とされるテープレコーダーに記録されたものに、相手側がいわば、それを、捏造(ねつぞう)というか。編集し直し、本来あるべきものを抜いたり、それを真実の者だと言って提出した。それに対しても『これは捏造だ』と明確に判決の中で高裁が認定している。問題の手帳も返却するようにという中身の100%というか1000%といっていいような、判決が出されたことは承知だろう。

 「若干、間は空いたが、大きな変化の中で改めて矢野さんから話が聞くことができる。ありがたいし、しっかり話を受けてそれぞれの立場でこの問題を看過させることができない問題としたい」

亀井静香代表代行

 「きょうは、矢野先生から、あの判決を踏まえてのお話を聞かせていただけることになった。私も予算委員会で指摘しているが、公党の委員長を長く務めた方に対し、言論封圧、犯罪行為一歩み寄りのようなことが宗教団体によってなされているとすれば、ゆゆしき問題だ。そういうことについて、私ども政党人としても看過できない問題だ」

 「その具体的な事実について、民事裁判だが、高裁でああいう判決が出てきている。先生の話を聞いて手帳がもう、返還をされているかどうか。犯行を行った人たちがどういう対応をしておるのか。また、ああいうことが本当なら刑事犯罪でもある。これを刑事事件として告訴なりしておられるのか。どういう方針を持っておられるのか。そのあたり、わたしは聞かせていただきたい。先生が長く公党に委員長を務めて、政治活動をやっておられるなかで宗教と政治の関係。非常にご研究されているし、われわれは今後そうしたことを踏まえて政治家として対応したい」

司会者

 「社民党の渕上貞雄副党首、新党日本田中康夫代表は地方遊説の関係で欠席。本日呼びかけ人として自見庄三郎参院議員、室井邦彦参院議員も同席している」

矢野絢也

 「今日はこのように沢山の方々に、国会大変な折に、私のために会を開いていただいた。ここから感謝申し上げる。できるだけ簡単にあいさつ申し上げ、その上で皆さんから質問を遠慮のないところを(受けたい)」

 「というわけで、1年前衆院の会議室でこの会合を開いた。去年の6月だった。去年の5月に私は創価学会の退会届を出した。まあ昭和28年に学会に入ったので一生ほとんど学会と思っていたが、5月12日に学会あてに訴訟を起こした」

 「その3年前、4年前から、私に対して『評論家をまず辞めろ』と。『委員長をやった人間が評論家をやるのはおかしい』と。青年部のトップ5人からホントにつるし上げのように、極端な話『土下座せい』と(言われた)。私はそれに対し、断固怒りまして。すると『それはそういう気持ちだ』と取り消していたが」

 「で、青年部からつるし上げされて評論家を辞めろと。その明くる日、公明党のOBがきて、簡単にいうと、脅し、すかし、おだて。で、あげく、わたしの30年間、まあ40年間ですね。国会議員を辞めてからもあるので。100冊の手帳をよこせと。で、私も当然『渡さない』とあれこれ、やりとりがあり。その晩また(公明党OBが)来て、そして『なんでまた来たんだ?』というと、『いや、党本部で怒られて出直してきた。子供の使いではあるまいし』と。前後4回訪問があり、手帳や資料を家捜しして持っていった」

 「その間、聖教新聞、公明新聞、わたしの悪口雑言が載った。それこそ毎日雨の日も風の日も、私ないし家族に対する監視、尾行。それもそんな簡単なもんじゃなくて、堂々と10メートルくらい後から付いてくるというような、監視というより威嚇といったほうがいい。あげく、私が相当弱っただろうという状況で、『家を売って2億、3億の寄付をせよ』と」

 「こういうことで、それでも、私が自分の一生を考えると、会とともに生きてきたわけだし、公明党の書記長として10年くらいやってきた。その間、言論妨害問題、言論妨害したと昭和45年、大変な激動期があった。隣の亀井静香先生は自民党調査会会長か何かで、創価学会を実態調査する、というのもされていて、そのたびに私が行って、頭を下げて『そんなことせんといてぇ』といった。そういえば懐かしい間柄だ」

 「そんなこととか、国税調査がはいったり、本山との争いがあったり、まあ、その間わたしなりの使命感でよかれと思って学会のためにあれこれやってきた」

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【矢野氏から話を聞く会】(2)「学会は曲がり角」

2009.7.2 00:16

このニュースのトピックス:自民党

 矢野絢也

 「『おまえやってきたのは犯罪行為じゃないか』とある人から言われたが(苦笑)。犯罪行為的行為・・・あるいは職権を、私が利用したこともある。というようなことじくじたる思いもある」

 「しかし、無名な人間を党の書記長にしてくれて、みんなで応援してくれた恩を考えれば少々、いじめられてもと思ってそれから3年間、我慢した。沈黙を守ると思っていたが、状況はますますひどくなるばかり。このままでは日本の国もおかしくなってしまう」

 「学会自身もこんな暴走状態を続けていれば、どっかで衝突して、自壊自損事故を起こす。わたしにもつらいことなので腹の立つ気持ちもあるが国の将来にもかかわることだ」

 「そして、私とともにいた学会の仲間も苦しんでいる。まあ力はないが告訴して戦うべきだと。大変生意気だがそう思い、それから1年たった。おかげさまで、私の前任者の竹入さんもまあ、よう、あの聖教新聞、公明新聞で(矢野、竹入両氏の悪口を)書いておられた」

 「告訴以来、最近では上品な宗教新聞に変わったようだ。やっぱり言うてみな、いかんもんだと。この1つをみても、宗教新聞らしくなりつつあることをみても戦った意義があると。私はもっと戦わなければいけないと」

 「私に対する監視尾行も、遠目でやっとるかもそれは分かりませんけども、目で見る範囲ではどうも昔ほど、そんな目立つ感じはしない。やはりまちがったことに対しては戦わなくちゃならない、それでよかったんだと私は思っているし、これからも今の自分のそんなちっぽけな感情よりも、偉そうな言い方だが、公の立場に立って、言論を中心として、また法廷を主な舞台として、私はこれからも学会のためによかれという気持ちで頑張っていきたいと思っている」

 「まあ、あの両先生からお話があったとおり、手帳を持っていかれた。これにはもう、随分まあ、ややこしいことがたくさん書いてあるわけでして、まあ、その田中角栄さんとの関係、あるいは『三木おろし』、そのほか、『40日抗争』とか、政界の節目、節目で、ちょうど公明党は自民党と社会党の間におった第3番目の政党ですから、両方からよくお話がきて、一種のクッション役みたいな、悪く言えばヌエ的とも言われたが、政界、いろんな場面でいろんなことがあった。詳しく、われながら、あほじゃないかと思おうぐらい、詳しくそういった状況が手帳には書いてある。あるいはまた、学会のいろんな問題についても、これはもう言い出したらきりがないが、もうこれがおれのやったことかいなあと思うようなことが縷々書いてある」

 「それを持っていかれて、ということで、評論家をやめろ、その資料になる手帳も持っていかれたら、本当に手足をもがれた感じだが、幸い私、まだボケてないので、記憶力だけはあるので、今も達者にそういったことも思いだしながら、やはり1人の政治家として日本の政治の、私なりの歴史は記録として残さなくちゃならない、こういう気持ちで今、過去の整理をしておる最中だ」

 「まあ、そんなわけで、手帳を返してほしいというわけで、高裁では今お話があった通り、逆転判決、私の勝利、と。しかも、『学会が関与しておる』と。手帳強奪に」

 「それも東京高裁では明示的に、つまりあからさまに、あるいは暗示的に遠回しに学会の関与をちらつかせながら、私を威迫したと、そういう趣旨の判決文になっておりますので、学会もこの手帳強奪についてはしらん、ということは言えない」

 したがいまして、私が学会を訴えておる裁判は、一つは青年部首脳による言論妨害。それから監視尾行。あえてまあここでは、身元不明と言っている。私もいろんな知り合いの方、優秀な調査機関にお願いをして、尾行の車両ならびに人物の写真を、ビデオ写真などでたくさん…。まあ尾行の尾行だ」

 「それは今法廷に提出しておりますし、優秀な方々にその面割といいますか、昔の学会の方々に、これはこういう男や、ちゅうことをと目下やっていただいている最中でして、従って、ただ今は『身元不詳』といういい方をしているが、いずれはっきりと氏名所属も出てくると思っている。そういう監視尾行。それから多額の寄付要求。まあ、『寄付してください、信心の上から』というならまだ分かるが、一方で青年部に私を攻撃させておいて、これをやめようと思ったら寄付した方がいい、というのはどこか怖い人のセリフと同じで、こういうのは寄付の要望とは言わないで、汚い言葉でありますが、恐喝まがいのやり方で、しかも『家を売れ』と。『その金を寄付せえ』と。『私の預金通帳も見せろ』と、ここまで来るとね、私は怖いというよりもあきれ果てるという感じがしまして、これは今、裁判であらそっている」

 「そんな状況でこれからどうなるかということですが、私は、そういう30年、40年、学会とともにおり、言論妨害問題その他いろんなことを見てきたが、やはり今、創価学会・公明党はいい意味でも悪い意味でも曲がり角にきておると思っている」

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【矢野氏から話を聞く会】(3完)「公明党の焦りの裏返しが…」

2009.7.2 00:17

このニュースのトピックス:自民党

 矢野絢也

 「私のような世代、当時、学会草創期のときは、私なんかはまだ青年部というあれだが、昔の青年部がもう、こういう年寄りになっていて、今学会の中堅、最先端を担っておるのは私よりも1世代下、あるいは2世代下の諸君が学会、公明党を担っているわけだ。その人たちもそれぞれ優秀な諸君だと私は思う」

 「しかし、やはりこの子供のときから創価学会の両親とともに暮らし、ともに会合に出たり、それは私なんかは学会に入ってからでも会社におり、いろんなことも経験している。そういう、ある意味純粋培養、よく言えば、悪く言えば、世間を知らん、そして子供のときからしみこんだ価値観が絶対であると、そのように信じておる諸君が今学会を運営しておる」。

 「それはものごとがはっきりしていいのかも分からないが、やはり世間との接点をどう考えるかという意味において、その問題がある。その象徴的な例が私に対する一つのケースだろうと思うけれども、どうあれ、それを束ねていらっしゃる池田大作名誉会長も私よりもご高齢であると」

 「まあ、まさか未来永劫(えいごう)、仏さんのようにご存命というわけでもないだろうから、まあ・・、ということを考えれば、かなり学会は転換期にさしかかっておるし、また公明党もこの10年間、政権与党として、まあ、私が公明党の立場で言えば、よく頑張ったといえるが、公平に見れば、やや強引さが目立つような状況に今、なってきておる」

 「焦りの裏返しではないかと思わざるを得ないような場面が、昨年の福田内閣末期のときから目立つようになってきた。与党であればいろいろ注文つけるのも当然かもしれないが、やはり節度というものがなくてはならない。しかもその要望というものも転換国会の立場の要望でありゃあ、これは問題はないんですが、組織の都合、例えば都議選との関係と解散の時期とか、というようなことになっていくが、一体これ天下国家とどういうかかわりがあるかと。そういう組織の都合による注文が目立つような印象があります」

 「まあ、公明党の議員、私も含めてそうですけども、池田先生が師匠であると、われわれは弟子である、と。弟子は師匠のために命を投げ出してでも、仕えなくてはならない。とにかく指導、いろいろあるけれども、原点の指導は、この子弟の道、池田先生はお師匠さん、われわれは弟子。弟子として師匠のために命がけで戦う」

 「これが、われわれ学会員の原点であり、そしてまた私の時代、今もそうだと思うが、公明党の原点ということになると思う」

 「まあ、そのお師匠さんがおうような方で、『君たちの判断で日本のために一つよろしくみんなで協議してやれ』とこういうことなら、子弟の道もそんな間違ったことではない、人間として立派だ、と」

 「しかし、これだけ巨大な組織になると、もうお師匠さんの意思なのか、その周辺の意思なのか、とにかく一つの注文、組織防衛、あるいは宗教的価値観による政治への介入ということが行われておる」

 「例えば、民主党の先生が『仏敵』といわれたということは石井先生なんか、予算委員会でやってらっしたが、私たちもよくそういう言い方よくしてきた。えらいすんませんけども。『自民党の亀井静香仏敵である』なんてね。非常に分かりやすい話で。慣用用語だと思っていただけりゃ、そう腹もたたんと思うんですが」

 「ただまあそうでもない。やはりこの選挙のエネルギーというものを、政策の上からパワーアップしていく、それならまあ問題ないんだが、要するに宗教的価値観、あるいは宗教的排他意識、あるいはそれを憎悪心にまで転換して選挙で対立候補をおとしめるということになると、これはやはりね、こういうことを私は政教一致というんではないかという気がするわけで、形の上での政教一致論も多々あると思うが、要するに宗教的価値観によって、つまり絶対的な価値観によって、本来相対的な価値観である政策、政治を支配していくと、それが私は一番恐ろしいことではないかという気がするわけだ」

 「まあ、どうあれ、こうやって皆さん方からの陰に陽に、のご支援をいただきながら、まあ本当にこんな年寄りがしかもたった1人であんな大きな組織とけんかするというと、これはまあ、正直言ってうっとうしい話だが、まあ、考えてみりゃ、老後の本当の生き甲斐を与えていただいたという喜びも感じるし、決して憎しみでやっているわけではない」

 「日本のためというと偉そうですけども、日本のため、あるいは創価学会のまじめな会員のために私には責任がある、そんな偉そうな気持ちでやっておると。時たま、身の危険も予告するような話もたまにはあるわけだが、まあねえ、それはもうしようがないことだ。そういうことがあれば、もしそんなんがあったら、誰がやったというのはすぐ分かるわけで、陰でずっと小さくなって1人で殺されるよりは、これだけおおっぴらにやって殺された方が、これは死にかいもあるというもんだと思うし、今さらもう惜しいというわけでもない」

 「さんざん楽しい思いも名誉な思いもしてきましたんで、もうすんなり未練はない。したがって私は腹を据えてこれからもやっていきたいと思っております。まあ、おかげさまで裁判も順調に進んでいる」

 「なお、手帳のことがありましたが、高裁で返せという命令が出、仮に執行することができると、このように主文で書かれている。だから強制執行もできると。まあ、礼儀上、今弁護士の間で任意にお返しをいただきたいと、こういうふうに書簡をもって二度三度とやりとりをしておって、つい先週だか、先方の代理人の弁護士から、こちらからの返還してほしいという要求に『応ずる意思はありません』という内容証明による回答がきて、強制執行があった場合でも妨害することもいたしません、と。強制執行するともなんとも言ってないけれども…。だから返す意思はありませんと、えらく明確におっしゃっておるわけで、こちらがどういうつもりなんだろうと、今、いぶかっておるというか、判決に反してでも返さん、と」

 「返すなという命令がどこかから出ているのかどっかへ持っていってしまっているのか、それは僕らには分からないことだが、まあ、いずれにしても法的な手続きでこれは返してもらうつもりだ。以上、簡単なことだが、時間も一応予定通り30分になったので、これで終わらせていただく。どうもご静聴ありがとうございます」

 (質疑の様子は後日掲載します)

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2009年5月28日 (木)

33の葬式があればその内一人は自殺された方です

結論:33人死亡すれば、その内の一人の方は自殺で亡くなっておられます。

これが自殺大国日本の現状です。

死亡数・死亡率(人口10万対),死因簡単分類別
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai06/toukei6.html

平成18年死亡数
総数:1,084,488人
自殺:29 887人 

平成17年死亡数
総数:1,083,796人
自殺:30,553人

つまり、
100万人÷3万人=33.3
33人の葬式があれば一人は自殺された方です。
このブログを見られた方々の中にも、身近に自殺された方がおられるという計算になります。

自殺大国日本です。 自殺を誘発している闇組織が存在します。

集団ストーカー(車両編) 01 片目ランプ攻撃
http://www.youtube.com/watch?v=tWmV9xn0Zd8&feature=channel_page
この事実を認識しないと、明日はあなたが犠牲者になる番かもしれませんね。

加害者は被害者になりますので十分注意しましょう!

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2009年5月26日 (火)

『日本に手を出した国は、必ず滅びる!』

素晴らしい内容を見つけたのでコピペさせて頂きました。

日本に手を出すとどうなるか歴史が証明しています。 集団ストーカーの加害者達も歴史が示すように滅びる道を歩むことになるのだ!!

戦え!集団ストーカー被害者諸君!! 自分の為に、日本のために!

ねずきちの ひとりごと   より抜粋です

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『日本に手を出した国は、必ず滅びる!』

 元寇は2度も日本を侵略しに来たけれど、日本に敗戦し、それがもとで、元はすぐに明に滅ぼされた。

 清は日本を侮って、日清戦争でわずか半年足らずで日本に敗れ、それがもとで清王朝は辛亥革命で、孫文に滅ぼされた。

 ロシアのロマノフ王朝も日本を侮って、日露戦争を起こし、日本に敗退し、最後にロシア革命で滅ぼされた。

 最後に、日本に手を出した白人諸国は、第二次大戦後、アジアの植民地を全て失った。

 アメリカもフィリピンを失い、朝鮮戦争、ベトナム戦争で、日米大戦以上の“莫大な死傷者”を出し、“極東アジア大陸全てを共産主義勢力に奪われ”、“長い間、冷戦の苦難を背負う”はめになった。

↑ これらは、全て日本に手を出した“大罰”です!

日本に“大義があった”事を、神仏はご存知なのです。

日本が善戦したお陰で、

白人達の

“世界制覇という野望”は潰え(ついえ)、
“人種差別も撤廃”され、
“120カ国以上の新生独立国家”が生まれました。

この大東亜戦争を戦った 昭和天皇陛下と昭和の国民は、 人類史上、稀に見る“功績”と“奇蹟”を残したのです。

『昭和=勝和だ』と仰る方もいらっしゃいます。

旧軍人で歴史家の草地貞吾氏の辞世の句は、まさに日本のあの戦いは、紛れもなく『人類解放の聖戦』であったことを物語っていると思いました。

『大東亜 大みいくさは 万世の 歴史を照らす 鏡なりけり』

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祖先が目指したもの

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2009年5月24日 (日)

忌野清志朗さん死去

THE TIMERS / 宗教ロック

忌野清志郎 

私は、以前からロック歌手の忌野清志朗さんに何かがあると考えていました。  

その理由は、被害者である「集団ストーカー日記、及び認知活動」の管理人さんの名前が「kiyoshirou」だからです。 更にDoblogのサービスを、2009年5月30日(土)をもって終了です。 これは偶然ではないと思います。 工作の可能性が高いです。

ブログは2006年7月21日から開始されています。それから、約3年後に亡くなられたことになります。

 数十年間、殆ど興味はなかったのですが、調べてみると、色々なことが分かりました。

忌野清志朗ウィキペディア  より抜粋

忌野がTEARDROPSに作詞提供&コーラス参加した「谷間のうた」がFM仙台とFM東京で放送禁止になった事件(1989年9月)を受けて、アルバム『THE TIMERS』のプロモーションで生放送の音楽番組ヒットスタジオR&Nに出演(10月)した際に、キャラ設定をいかした巧みなメドレー形式を逆手にとった、その中の一曲をFM東京・FM仙台を放送禁止用語を交えて罵倒する歌に差し替えるという荒業を見せて話題になった。

タイマーズのテーマ FM東京 デイドリームビリーバー イモ

集団ストーカー事件として知られる「桶川女子大生ストーカー」事件を題材にした「警察に行ったのに」という作品があります。

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警察に行ったのに     作詞・作曲 忌野清志郎

警察に行ったのに取り合ってもらえなかった
警察に行ったけど軽くあしらわれてしまった
警察に届けたのに相手にしてもらえなかった
それは事件じゃないからと言われた
それは事件じゃないからと言われた
警察に行ったのに取り合ってもらえなかった
警察に行ったのに助けてはもらえなかった
ある晴れた真夏の午後 僕は殺されてしまった
これで事件になるのかい やっと
これで事件になったのかい やっと
さあ 動き出せ 警察
ほら 動き出せ 警察
もたもたすんなよ警察
事件が起こったぞ
警察に届けたのに助けてはもらえなかった
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まさに多くの集団ストーカー被害者が訴えている事実そのものです。

本物のロック歌手忌野清志朗さんのご冥福をお祈りいたします。

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清志郎が喉頭がんから復活ソロライブ

http://www.nikkansports.com/entertainment/p-et-tp0-20080211-319567.html

キヨシローが、ロックンロールの聖地・日本武道館に帰ってきた。06年7月から喉頭(こうとう)がんの治療のため活動を休止している忌野清志郎(56)が10日、「完全復活祭」と題した2年ぶりの単独ライブを開催した。80年代に所属した伝説のロックバンド、RCサクセションの元メンバーたちをバックに、ブランクを感じさせない迫力ある歌声を響かせた。

 雨上がりの夜空に吹く風が、早く来いよと、キヨシローを呼んでいた―。

 9日夜に武道館周辺に降ったみぞれが上がると、バカでかいトラックから機材が降ろされる。清志郎がドカドカうるさい“R&Rバンド”を率いて、武道館に帰ってきた。「がんが全身に転移してガリガリにやせて痛みの中で死んでいくと医者に言われたオレがね」。ノドを患ったとは思えない爆発的な声量で、1万3200人で満員の観客の度肝を抜く。「1人で小声で歌うしかできないと思ってた。何よりうれしいのはバンドに戻ってきたことだゼ」。喜びいっぱいに、高くJUMPした。

 80年代にライブの王様と呼ばれたRCのメンバーたちが17年ぶりに集結し、復活に力を貸してくれた。1つのスタンドマイクで一緒にハモる盟友のギタリスト仲井戸“CHABO”麗市(57)は言った。「清志には歌ってもらわなきゃ困るんだよ」。

 今回のがんだけじゃない。振り返れば清志郎の半生は逆風続きだった。70年代の低迷期、友人の自殺、絶頂期での重度の肝臓病、交通事故での長男の重傷。テレビの生放送では、ガム吐き事件などの幾多の悪態をつき、今の倖田来未のように激しいバッシングも受けた。原発ソングや、ロック風「君が代」では、レコード会社から発売禁止処分も食らってきた。

 昨年末に清志郎とテレビ共演して以来、SMAP木村拓哉もお気に入りで“カーラジオ”で聴くという新曲「毎日がブランニューデイ」で、こう歌った。

 ♪君と長い間過ごしたこの人生 80%以上は覚えてないかも

 でも、いいのさ 問題ない 

 君がいつもそばにいるから 毎日が新しい

 100%以上の幸福(しあわせ)を感じる 365%完全に幸福

 青春の憤りや嘆きをぶつけるだけが、ロックじゃない。「2年もよく寝たぜ」。死の病すら明るく歌い飛ばしたキヨシローが、50代にしか歌えないロックで再出発した。【瀬津真也】

[2008年2月11日8時9分 紙面から]

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2009年5月 2日 (土)

故清水由貴子さん、集団ストーカー被害を訴えていた!

H21421

4月25日衝撃的な事実が集団ストーカーの被害者の一人である戸崎氏のホームページ"AGSAS"http://www.antigangstalking.join-us.jp/ から報告された。

元タレントの清水由貴子さん(49)との会話を録音していたのある。   その結果、加害者側にとって「死人にクチナシ」のつもりが、重要な証拠の一つになって浮上してきた。  これは加害者側にとっては誤算であったのかもしれないが、被害者側にとっては、清水由貴子さんの残された肉声を証拠にしてこの無念を晴らさなければならない。 この事件が一つの新たなきっかけにならなければならないと願う。 

被害者諸君、決して清水由貴子さんの死を無駄にしてはならない!!

多くの被害者の方々が、集団ストーカーにより命を落とされている事実を世間に認知させ、撲滅のための対策を講じる必要を強く感じています。

被害者の方々にお願いしたい。この事実と音声をブログ・HPにドシドシ貼り付ける運動を展開されることを強く望みます。

元公明党委員長の矢野絢也氏に引き続き、有名人による被害報告がネットで証拠発言としてUPされている。

今回の事件を隠蔽するように、草なき氏による事件がメディアを賑わせている。

戸崎氏に対しこの場をかりて感謝したい。 そして、私に接触した被害者の方々もイザという時のために証拠を取って頂いていることの重要性を改めて思い知らされた。

清水由貴子さんのご冥福をお祈りいたします。

●「清水由貴子さんが訴えていた真実」●http://www.youtube.com/watch?v=Wo28LIJU5qM

以下の時系列に何か不自然さはないだろうか、今後の調査を期待します。

4月20日午後5時ごろ清水由貴子さん死亡

4月21日午後1時20分ごろ発見(硫化水素自殺?)(2009/04/21 20:06イザ)

4月23日午前3時:SMAPのメンバー 草なぎ剛容疑者(34)が、港区赤坂の檜町公園で逮捕(2009年04月23日11時30分 )

4月23日昼 鳩山総務相、地デジキャラ逮捕に「最低の人間だ」

4月24日 草なぎ容疑者:釈放される

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元タレントの清水由貴子さんが父親の墓前で自殺

産経ニュース 2009.4.21 19:57

21日午後1時20分ごろ、静岡県小山町大御神(おおみかみ)の冨士霊園で、元タレントの清水由貴子さん(49)=東京都武蔵野市=が死亡しているのを霊園の男性職員が発見し、119番通報した。清水さんの顔には複数の洗剤などが入ったポリ袋がかかり、「ご迷惑をかけてすいません」と書かれたメモを持っていたことから、御殿場署は硫化水素自殺したとみている。死亡時刻は20日午後5時ごろで、父親の墓前で倒れていた。

 同署によると、清水さんの近くには、母親とみられる80歳前後の女性が車いすに座ったままうなだれており病院へ搬送された。命に別条はない。

 以前、所属していた事務所などによると、清水さんは平成18年3月、病気がちな母親の介護のため芸能活動を引退し、都内の民間企業で働いていた。

 清水さんは昭和52年に「お元気ですか」で歌手デビュー。萩本欽一さんの欽ちゃんファミリーとしても活躍した。

を通じて報告された。

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清水由貴子 お元気ですかhttp://www.youtube.com/watch?v=31Uu8yqTaBc

清水由貴子 EPメドレー http://www.youtube.com/watch?v=XALIROoMErQ

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2009年4月29日 (水)

日本は20年後に消えてなくなる

20_3

「国民が知らない反日の実態」から引用

http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/307.html#id_a91b1a65

1995年 オーストラリアを訪問した李鵬は、豪首相との首脳会談中に、 「 日本など20年も経てば地球上から消えてなくなる 」と発言

李鵬の発言はまるでオカルトのようにも聞こえるが、平成9年当時の国会でも取り上げられた発言である。

武藤国務大臣

「そのオーストラリアへ参りましたときに、オーストラリアの当時のキーティング首相から言われた一つの言葉が、日本はもうつぶれるのじゃないかと。実は、この間中国の李鵬首相と会ったら、李鵬首相いわく、君、オーストラリアは日本を大変頼りにしているようだけれども、まああと三十年もしたら大体あの国はつぶれるだろう、こういうことを李鵬首相がキーティングさんに言ったと。 非常にキーティングさんはショックを受けながらも、私がちょうど行ったものですから、おまえはどう思うか、こういう話だったのです。」









 

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2009年4月27日 (月)

相次ぐ歴史的建造物の火災

モーガン邸 07/05/12-土曜>

モーガン邸08/01/02-正月(金曜)再び焼ける

杉並区トトロの家 09/02/14-土曜

世田谷区旧三田屋敷 09/02/17-火曜

旧住友家俣野邸 09/03/15-日曜

旧吉田邸 09/03/22-日曜


★藤沢の旧モーガン邸 再び焼ける2008.1.2 10:08

2日午前5時35分ごろ、歴史的建造物として保存運動が進められている神奈川県藤沢市大鋸の洋館「旧モーガン邸」から火が出ているのを近所の人が見つけ119番した。
 藤沢市消防本部が消火に当たったがほぼ全焼した。人は住んでおらず、けが人はなかった。
 同邸は昨年5月12日にも、放火とみられる火災で木造2階建て約280平方メートルの大部分を焼失し、修復中だった。火の気がないことから、藤沢署は今回も放火の可能性があるとみて調べている。
 モーガン邸は、JR東京駅前の旧丸ビルの設計などを手掛けた米国人の建築家J・H・モーガンが1931年に自宅として建造。市民団体などが旧来の景観を守ろうと保存運動に乗り出し、昨年5月の火災後も仮の屋根を取り付けるなど修復を進めていた。現場はJR藤沢駅から約2キロ北の住宅街。



★「トトロの家」全焼 不審火の疑い2009.2.14 11:42

14日午前2時20分ごろ、東京都杉並区阿佐谷北の阿佐谷北5丁目住宅から出火、木造平屋約70平方メートルが全焼した。けが人はなかった。同住宅にはだれも住んでなく、火の気がないことから、警視庁杉並署は不審火とみて出火原因を調べている。
 同区によると、この住宅は、アニメ映画監督の宮崎駿さんが著書「トトロの住む家」で「トトロが喜んで住みそうな『懐かしい家』」と紹介し、映画「となりのトトロ」のモデルになったとされる。地元住民からは「トトロの家」の愛称で親しまれていた。同区が昨年6月に所有し、公園として整備する矢先の火事だった。



★重要文化財の「旧住友家俣野別邸」全焼 放火の可能性も2009.3.15 09:52

 15日午前4時55分ごろ、国の重要文化財に指定されている横浜市戸塚区東俣野町の「旧住友家俣野別邸」が燃えているのを付近の住民が発見し、119番通報した。神奈川県警戸塚署と消防によると、木造2階建ての建物約650平方メートルと敷地内に仮設されていた工事用プレハブ2棟が全焼した。けが人はいなかった。
 同署によると、俣野別邸は昨年1月から平成23年3月まで全面改装中で、14日夜まで工事が行われていた。周囲は高さ約3メートルのフェンスで囲まれ、警報装置が設置されていたが反応はなかったという。火の気がないことから、同署は放火の可能性もあるとみて出火原因を調べている。
 文部科学省のホームページによると、俣野別邸は昭和14年、住友家第16代当主、住友吉左衛門友成の東京別邸として建設された。昭和前期モダニズムの意匠を伝える洋風折衷建築で、平成16年に重要文化財に指定された。



旧吉田茂邸が全焼 神奈川県大磯町2009.3.22 08:01

22日午前6時ごろ、神奈川県大磯町西小磯の旧吉田茂邸から出火したと、警備員から119番通報があった。県警によると、邸宅は全焼。周囲の樹木にも延焼したが、けが人はないという。大磯町消防本部では、普段は火の気がないことから、不審火の可能性もあるとみている。
 大磯町のホームページによると、邸宅は吉田茂元首相の養父が明治17年に建て、約3万3000平方メートルの敷地に住居や賓客室、庭園などがある。吉田元首相と内外の要人が面会した戦後政治史の一舞台で、孫の麻生太郎首相も幼少期を過ごした。
 麻生太郎首相は22日、自身が幼少期を過ごした神奈川県大磯町の旧吉田茂邸が全焼したことについて、「思い出のある建物であっただけに大変残念に思います」とのコメントを発表した。

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2009年4月26日 (日)

デヴィ夫人が右翼に植木鉢を投げつける

デヴィ夫人が右翼に植木鉢

4月21日7時57分配信 産経新聞

 デヴィ・スカルノ元インドネシア大統領夫人(69)が、東京都渋谷区内の自宅前で、右翼団体の街宣を受けた際、街宣車に植木鉢を投げつけトラブルとなっていたことが20日、分かった。警視庁で詳しい経緯を調べている。

 渋谷署によると、19日午前9時半ごろ、自宅前で街宣を受けたデヴィ夫人が、「うるさい」と2階のベランダから植木鉢3鉢を投げつけた。植木鉢は街宣車の屋根などに当たり、一部が破損した。右翼団体はデヴィ夫人が北朝鮮のミサイル発射に絡み、「人工衛星だ」と発言したことに抗議していたという。

 また、街宣車の男性運転手も、現場の様子をカメラで撮影しようとしていたデヴィ夫人のカメラを壊した。デヴィ夫人にけがはなかった。

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2009年4月21日 (火)

ブログパーツを設置する方法

使い方ガイド

http://support.cocolog-nifty.com/howto/2006/03/faq_c8f5_1.html

ブログパーツを設置する方法

マイリスト新規作成

マイリスト新規作成

1.ココログにログイン後、メニュータブから「マイリスト」を選択します
2.「マイリストの新規作成」をクリックし、マイリスト作成画面を開きます
3.リストのタイプで「メモ」を選び、名前(例:「ブログパーツを貼るリスト名」)を入力します
4.「リストの作成」をクリックします

項目の追加

マイリスト一覧

5.管理画面で項目を追加したいリストの「項目の追加」をクリックすると項目追加画面が開きます

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[例] <script type=7"text/javascript" language="javascript" src="http://blog-pet.jp/IDxxxxxxxxxxxx"></script>
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