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2009年7月21日 (火)

【矢野氏から話を聞く会】(1)(2)(3)

以下は産経ニュースより抜粋です。

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H20.6.13に引き続きH21.7.1に国会内で矢野絢也さんより話を聞く会」を開いた。

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【矢野氏から話を聞く会】(1)「土下座せいと言われた」

2009.7.2 00:15

このニュースのトピックス自民党

 民主、国民新、社民、新党日本など野党の有志議員は1日、国会内で「矢野絢也さんより話を聞く会」を開いた。矢野元公明党委員長は講演に続き、出席者との質疑を行った。

 主なやりとりは以下の通り。

菅直人代表代行

 「昨年の6月13日に、この1回目というか、矢野絢也先生においでいただいた。大変、ある意味ショッキングなというか、まさに矢野先生ご自身が直接いろいろ体験したことをお話しいただいた。そして、それから約1年がたち、その間に大変大きな出来事があった」

 「つまりは矢野さんをめぐる裁判において、一審では公明党学会側が100%勝訴していたのが、東京高裁で逆に矢野さんの側の100%の勝訴。しかも私も判決文を取り寄せてみると勝訴とされるテープレコーダーに記録されたものに、相手側がいわば、それを、捏造(ねつぞう)というか。編集し直し、本来あるべきものを抜いたり、それを真実の者だと言って提出した。それに対しても『これは捏造だ』と明確に判決の中で高裁が認定している。問題の手帳も返却するようにという中身の100%というか1000%といっていいような、判決が出されたことは承知だろう。

 「若干、間は空いたが、大きな変化の中で改めて矢野さんから話が聞くことができる。ありがたいし、しっかり話を受けてそれぞれの立場でこの問題を看過させることができない問題としたい」

亀井静香代表代行

 「きょうは、矢野先生から、あの判決を踏まえてのお話を聞かせていただけることになった。私も予算委員会で指摘しているが、公党の委員長を長く務めた方に対し、言論封圧、犯罪行為一歩み寄りのようなことが宗教団体によってなされているとすれば、ゆゆしき問題だ。そういうことについて、私ども政党人としても看過できない問題だ」

 「その具体的な事実について、民事裁判だが、高裁でああいう判決が出てきている。先生の話を聞いて手帳がもう、返還をされているかどうか。犯行を行った人たちがどういう対応をしておるのか。また、ああいうことが本当なら刑事犯罪でもある。これを刑事事件として告訴なりしておられるのか。どういう方針を持っておられるのか。そのあたり、わたしは聞かせていただきたい。先生が長く公党に委員長を務めて、政治活動をやっておられるなかで宗教と政治の関係。非常にご研究されているし、われわれは今後そうしたことを踏まえて政治家として対応したい」

司会者

 「社民党の渕上貞雄副党首、新党日本田中康夫代表は地方遊説の関係で欠席。本日呼びかけ人として自見庄三郎参院議員、室井邦彦参院議員も同席している」

矢野絢也

 「今日はこのように沢山の方々に、国会大変な折に、私のために会を開いていただいた。ここから感謝申し上げる。できるだけ簡単にあいさつ申し上げ、その上で皆さんから質問を遠慮のないところを(受けたい)」

 「というわけで、1年前衆院の会議室でこの会合を開いた。去年の6月だった。去年の5月に私は創価学会の退会届を出した。まあ昭和28年に学会に入ったので一生ほとんど学会と思っていたが、5月12日に学会あてに訴訟を起こした」

 「その3年前、4年前から、私に対して『評論家をまず辞めろ』と。『委員長をやった人間が評論家をやるのはおかしい』と。青年部のトップ5人からホントにつるし上げのように、極端な話『土下座せい』と(言われた)。私はそれに対し、断固怒りまして。すると『それはそういう気持ちだ』と取り消していたが」

 「で、青年部からつるし上げされて評論家を辞めろと。その明くる日、公明党のOBがきて、簡単にいうと、脅し、すかし、おだて。で、あげく、わたしの30年間、まあ40年間ですね。国会議員を辞めてからもあるので。100冊の手帳をよこせと。で、私も当然『渡さない』とあれこれ、やりとりがあり。その晩また(公明党OBが)来て、そして『なんでまた来たんだ?』というと、『いや、党本部で怒られて出直してきた。子供の使いではあるまいし』と。前後4回訪問があり、手帳や資料を家捜しして持っていった」

 「その間、聖教新聞、公明新聞、わたしの悪口雑言が載った。それこそ毎日雨の日も風の日も、私ないし家族に対する監視、尾行。それもそんな簡単なもんじゃなくて、堂々と10メートルくらい後から付いてくるというような、監視というより威嚇といったほうがいい。あげく、私が相当弱っただろうという状況で、『家を売って2億、3億の寄付をせよ』と」

 「こういうことで、それでも、私が自分の一生を考えると、会とともに生きてきたわけだし、公明党の書記長として10年くらいやってきた。その間、言論妨害問題、言論妨害したと昭和45年、大変な激動期があった。隣の亀井静香先生は自民党調査会会長か何かで、創価学会を実態調査する、というのもされていて、そのたびに私が行って、頭を下げて『そんなことせんといてぇ』といった。そういえば懐かしい間柄だ」

 「そんなこととか、国税調査がはいったり、本山との争いがあったり、まあ、その間わたしなりの使命感でよかれと思って学会のためにあれこれやってきた」

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【矢野氏から話を聞く会】(2)「学会は曲がり角」

2009.7.2 00:16

このニュースのトピックス:自民党

 矢野絢也

 「『おまえやってきたのは犯罪行為じゃないか』とある人から言われたが(苦笑)。犯罪行為的行為・・・あるいは職権を、私が利用したこともある。というようなことじくじたる思いもある」

 「しかし、無名な人間を党の書記長にしてくれて、みんなで応援してくれた恩を考えれば少々、いじめられてもと思ってそれから3年間、我慢した。沈黙を守ると思っていたが、状況はますますひどくなるばかり。このままでは日本の国もおかしくなってしまう」

 「学会自身もこんな暴走状態を続けていれば、どっかで衝突して、自壊自損事故を起こす。わたしにもつらいことなので腹の立つ気持ちもあるが国の将来にもかかわることだ」

 「そして、私とともにいた学会の仲間も苦しんでいる。まあ力はないが告訴して戦うべきだと。大変生意気だがそう思い、それから1年たった。おかげさまで、私の前任者の竹入さんもまあ、よう、あの聖教新聞、公明新聞で(矢野、竹入両氏の悪口を)書いておられた」

 「告訴以来、最近では上品な宗教新聞に変わったようだ。やっぱり言うてみな、いかんもんだと。この1つをみても、宗教新聞らしくなりつつあることをみても戦った意義があると。私はもっと戦わなければいけないと」

 「私に対する監視尾行も、遠目でやっとるかもそれは分かりませんけども、目で見る範囲ではどうも昔ほど、そんな目立つ感じはしない。やはりまちがったことに対しては戦わなくちゃならない、それでよかったんだと私は思っているし、これからも今の自分のそんなちっぽけな感情よりも、偉そうな言い方だが、公の立場に立って、言論を中心として、また法廷を主な舞台として、私はこれからも学会のためによかれという気持ちで頑張っていきたいと思っている」

 「まあ、あの両先生からお話があったとおり、手帳を持っていかれた。これにはもう、随分まあ、ややこしいことがたくさん書いてあるわけでして、まあ、その田中角栄さんとの関係、あるいは『三木おろし』、そのほか、『40日抗争』とか、政界の節目、節目で、ちょうど公明党は自民党と社会党の間におった第3番目の政党ですから、両方からよくお話がきて、一種のクッション役みたいな、悪く言えばヌエ的とも言われたが、政界、いろんな場面でいろんなことがあった。詳しく、われながら、あほじゃないかと思おうぐらい、詳しくそういった状況が手帳には書いてある。あるいはまた、学会のいろんな問題についても、これはもう言い出したらきりがないが、もうこれがおれのやったことかいなあと思うようなことが縷々書いてある」

 「それを持っていかれて、ということで、評論家をやめろ、その資料になる手帳も持っていかれたら、本当に手足をもがれた感じだが、幸い私、まだボケてないので、記憶力だけはあるので、今も達者にそういったことも思いだしながら、やはり1人の政治家として日本の政治の、私なりの歴史は記録として残さなくちゃならない、こういう気持ちで今、過去の整理をしておる最中だ」

 「まあ、そんなわけで、手帳を返してほしいというわけで、高裁では今お話があった通り、逆転判決、私の勝利、と。しかも、『学会が関与しておる』と。手帳強奪に」

 「それも東京高裁では明示的に、つまりあからさまに、あるいは暗示的に遠回しに学会の関与をちらつかせながら、私を威迫したと、そういう趣旨の判決文になっておりますので、学会もこの手帳強奪についてはしらん、ということは言えない」

 したがいまして、私が学会を訴えておる裁判は、一つは青年部首脳による言論妨害。それから監視尾行。あえてまあここでは、身元不明と言っている。私もいろんな知り合いの方、優秀な調査機関にお願いをして、尾行の車両ならびに人物の写真を、ビデオ写真などでたくさん…。まあ尾行の尾行だ」

 「それは今法廷に提出しておりますし、優秀な方々にその面割といいますか、昔の学会の方々に、これはこういう男や、ちゅうことをと目下やっていただいている最中でして、従って、ただ今は『身元不詳』といういい方をしているが、いずれはっきりと氏名所属も出てくると思っている。そういう監視尾行。それから多額の寄付要求。まあ、『寄付してください、信心の上から』というならまだ分かるが、一方で青年部に私を攻撃させておいて、これをやめようと思ったら寄付した方がいい、というのはどこか怖い人のセリフと同じで、こういうのは寄付の要望とは言わないで、汚い言葉でありますが、恐喝まがいのやり方で、しかも『家を売れ』と。『その金を寄付せえ』と。『私の預金通帳も見せろ』と、ここまで来るとね、私は怖いというよりもあきれ果てるという感じがしまして、これは今、裁判であらそっている」

 「そんな状況でこれからどうなるかということですが、私は、そういう30年、40年、学会とともにおり、言論妨害問題その他いろんなことを見てきたが、やはり今、創価学会・公明党はいい意味でも悪い意味でも曲がり角にきておると思っている」

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【矢野氏から話を聞く会】(3完)「公明党の焦りの裏返しが…」

2009.7.2 00:17

このニュースのトピックス:自民党

 矢野絢也

 「私のような世代、当時、学会草創期のときは、私なんかはまだ青年部というあれだが、昔の青年部がもう、こういう年寄りになっていて、今学会の中堅、最先端を担っておるのは私よりも1世代下、あるいは2世代下の諸君が学会、公明党を担っているわけだ。その人たちもそれぞれ優秀な諸君だと私は思う」

 「しかし、やはりこの子供のときから創価学会の両親とともに暮らし、ともに会合に出たり、それは私なんかは学会に入ってからでも会社におり、いろんなことも経験している。そういう、ある意味純粋培養、よく言えば、悪く言えば、世間を知らん、そして子供のときからしみこんだ価値観が絶対であると、そのように信じておる諸君が今学会を運営しておる」。

 「それはものごとがはっきりしていいのかも分からないが、やはり世間との接点をどう考えるかという意味において、その問題がある。その象徴的な例が私に対する一つのケースだろうと思うけれども、どうあれ、それを束ねていらっしゃる池田大作名誉会長も私よりもご高齢であると」

 「まあ、まさか未来永劫(えいごう)、仏さんのようにご存命というわけでもないだろうから、まあ・・、ということを考えれば、かなり学会は転換期にさしかかっておるし、また公明党もこの10年間、政権与党として、まあ、私が公明党の立場で言えば、よく頑張ったといえるが、公平に見れば、やや強引さが目立つような状況に今、なってきておる」

 「焦りの裏返しではないかと思わざるを得ないような場面が、昨年の福田内閣末期のときから目立つようになってきた。与党であればいろいろ注文つけるのも当然かもしれないが、やはり節度というものがなくてはならない。しかもその要望というものも転換国会の立場の要望でありゃあ、これは問題はないんですが、組織の都合、例えば都議選との関係と解散の時期とか、というようなことになっていくが、一体これ天下国家とどういうかかわりがあるかと。そういう組織の都合による注文が目立つような印象があります」

 「まあ、公明党の議員、私も含めてそうですけども、池田先生が師匠であると、われわれは弟子である、と。弟子は師匠のために命を投げ出してでも、仕えなくてはならない。とにかく指導、いろいろあるけれども、原点の指導は、この子弟の道、池田先生はお師匠さん、われわれは弟子。弟子として師匠のために命がけで戦う」

 「これが、われわれ学会員の原点であり、そしてまた私の時代、今もそうだと思うが、公明党の原点ということになると思う」

 「まあ、そのお師匠さんがおうような方で、『君たちの判断で日本のために一つよろしくみんなで協議してやれ』とこういうことなら、子弟の道もそんな間違ったことではない、人間として立派だ、と」

 「しかし、これだけ巨大な組織になると、もうお師匠さんの意思なのか、その周辺の意思なのか、とにかく一つの注文、組織防衛、あるいは宗教的価値観による政治への介入ということが行われておる」

 「例えば、民主党の先生が『仏敵』といわれたということは石井先生なんか、予算委員会でやってらっしたが、私たちもよくそういう言い方よくしてきた。えらいすんませんけども。『自民党の亀井静香仏敵である』なんてね。非常に分かりやすい話で。慣用用語だと思っていただけりゃ、そう腹もたたんと思うんですが」

 「ただまあそうでもない。やはりこの選挙のエネルギーというものを、政策の上からパワーアップしていく、それならまあ問題ないんだが、要するに宗教的価値観、あるいは宗教的排他意識、あるいはそれを憎悪心にまで転換して選挙で対立候補をおとしめるということになると、これはやはりね、こういうことを私は政教一致というんではないかという気がするわけで、形の上での政教一致論も多々あると思うが、要するに宗教的価値観によって、つまり絶対的な価値観によって、本来相対的な価値観である政策、政治を支配していくと、それが私は一番恐ろしいことではないかという気がするわけだ」

 「まあ、どうあれ、こうやって皆さん方からの陰に陽に、のご支援をいただきながら、まあ本当にこんな年寄りがしかもたった1人であんな大きな組織とけんかするというと、これはまあ、正直言ってうっとうしい話だが、まあ、考えてみりゃ、老後の本当の生き甲斐を与えていただいたという喜びも感じるし、決して憎しみでやっているわけではない」

 「日本のためというと偉そうですけども、日本のため、あるいは創価学会のまじめな会員のために私には責任がある、そんな偉そうな気持ちでやっておると。時たま、身の危険も予告するような話もたまにはあるわけだが、まあねえ、それはもうしようがないことだ。そういうことがあれば、もしそんなんがあったら、誰がやったというのはすぐ分かるわけで、陰でずっと小さくなって1人で殺されるよりは、これだけおおっぴらにやって殺された方が、これは死にかいもあるというもんだと思うし、今さらもう惜しいというわけでもない」

 「さんざん楽しい思いも名誉な思いもしてきましたんで、もうすんなり未練はない。したがって私は腹を据えてこれからもやっていきたいと思っております。まあ、おかげさまで裁判も順調に進んでいる」

 「なお、手帳のことがありましたが、高裁で返せという命令が出、仮に執行することができると、このように主文で書かれている。だから強制執行もできると。まあ、礼儀上、今弁護士の間で任意にお返しをいただきたいと、こういうふうに書簡をもって二度三度とやりとりをしておって、つい先週だか、先方の代理人の弁護士から、こちらからの返還してほしいという要求に『応ずる意思はありません』という内容証明による回答がきて、強制執行があった場合でも妨害することもいたしません、と。強制執行するともなんとも言ってないけれども…。だから返す意思はありませんと、えらく明確におっしゃっておるわけで、こちらがどういうつもりなんだろうと、今、いぶかっておるというか、判決に反してでも返さん、と」

 「返すなという命令がどこかから出ているのかどっかへ持っていってしまっているのか、それは僕らには分からないことだが、まあ、いずれにしても法的な手続きでこれは返してもらうつもりだ。以上、簡単なことだが、時間も一応予定通り30分になったので、これで終わらせていただく。どうもご静聴ありがとうございます」

 (質疑の様子は後日掲載します)

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